フェルト人形

私は今、犬毛フェルト人形を作成中です。羊毛フェルトとは綿のようなふわふわの繊維を細い針で刺し固め、形を作る裁縫です。針の先端には小さな突起が付いており、そこに引っかかった羊毛が少しずつ絡まって固まっていきます。最近かなり流行っているようで、テレビでも特集が組まれていました。

私の母も一時やっていたのですが、飽きてしまったようでキットだけ残っており、私も興味がなかったのでそのままにしていました。しかし最近愛犬の美容院を予約した時に、ふと「この犬の毛でフェルト人形を作れないだろうか」と思いました。ネットで調べたところ、愛犬の毛で人形を作る人は結構多いようです。また、亡くなった愛犬の毛で思い出にと人形を作る人も多いようです。その需要に合わせ、フルオーダーで受注生産している作家さんのホームページもちらほら見かけました。ただオーダーするとかなりお金がかかり、人気のため時間もかかるそうです。私は学生時代に美術を専攻しており、オブジェを作ったりしていたので、自分で作ってみることにしました。
美容院であらかじめ毛を取っておいてもらえるようお願いしました。カット前にシャンプーをしてもらえるので、もらった毛は綺麗で、洗浄する必要はありませんでした。うちの犬は巻き毛なのでよく絡んでくれて、纏めやすかったです。

軽くネットで作り方を見ただけですが、単純に針を刺せば良いだけなので、すぐに要領が掴めました。
直径3cm、長さ10cmの動体をだいたい2時間、前足後ろ足を30分で作成しました。頭は一番難しく、綺麗に作れても動体にくっつける時に形が変わってしまったり、表情が上手く作れず苦労しました。頭は後から付けないと顔を作りにくいので、付ける時に形が崩れないよう出来るだけ毛を固めておくべきだなと感じました。作り方自体は簡単なので、慣れたらもっと早く作れると思います。

リストのコンソレーションを、フジコ・ヘミングさんの演奏で聴いて

図書館から借りてきたフジコ・ヘミングさんに、リストのコンソレーションという曲が入っていて、聴き入ってしまいました。演奏者によって同じ作品でも、違った魅力が見つかるということは、クラシック愛好家では暗黙の前提の考え方でしょう。ですが、心からそれを実感できる機会は少ないものです。どの演奏でも同じようにしか聞こえない、というのが普通なのではないでしょうか。ブラインド・テストで聴き比べるのは、たとえ玄人の愛好家でも難しいのではないでしょうか。

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ですが、少なくとも私の場合ですが、フジコさんの演奏についてだけは、聴き分けができます。嘘のようでしょうが本当です。勿論、決して私は、フジコさんのプロモーション関連の人物ではない、フジコさんファンの1人です。ですから、フジコさんの宣伝をするつもりは全くありません。ですが、フジコさんの演奏が他の演奏者と違う演奏だと身をもって体験できたのです。演奏者による演奏の違い、というものを実感することが可能なのだとお伝えしたく、記事にしています。

フジコさんのコンソレーションを通じて、音色の豊かさを実感しました。ピアノでこんな音色が出るのだと驚いてしまう程です。
同じには聞こえない演奏を実感する上で、フジコさんの演奏はもってこいです。因みに私の場合には、コンソレーションの演奏でそれを実感しました。

安全保障や核について

安全保障について、勉強をしました。各国の安全保障政策は多くの場合、軍事的な視点から形成されてきました。この視点に修正を加えるきっかけとなったのが、1973年の第1次石油危機です。これを契機に、日本でも資源安全保障やエネルギー安全保障の観点が、安全保障政策に組みこまれることになったそうです。

国際紛争の芽を積極的につみとっていくことを目的とした、「総合安全保障」の理念が掲げられるようになったそうです。そして、核兵器について勉強をしました。1945年8月6日に広島、9日に長崎に相次いで投下された原子爆弾は、合計20万人をこえる死者を出し、今もなお放射能による後遺症が被爆者を苦しめています。

しかし、東西両陣営の対立の中で、核兵器は質・量の両面において開発が進められたそうです。1952年に水素爆弾がつくられ、1957年には米ソとも大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発し、地球上のどこへでも核攻撃ができるようになりました。勉強しましたが、安全保障についも核のこときついても分からないことばかりだったので、良かったです。

マレーシアへの語学・レース留学

私は大学生の夏からずっと、マレーシアの首都である、クアラルンプールに留学している大学生です。
私は日本の大学生でおきながら、レーシングドライバーとして世界で活躍するプロを目指す一面を持っており、現在はプロジェクトの最年少ドライバーとして活動しています。私は小学生の頃から、世界でレース活動をしたいと夢を見てきたものが、やっと20歳になった今叶いました。

そのため、私が通う大学側にも協力してもらい、留学先のマレーシアでの学校と授業を用意してもらいました。
そして、週3日の学校生活と、週3日のサーキット訓練、週1日のトレーニングを積み始めて、もう直ぐ1年が経とうとしています。
留学して直ぐの時は、いくら好きなレース活動をしていても、ホームシックになることも多々ありました。

しかし、約1年経った今は、少しもそんなことは思わない程、心も体も強くなった気がします。
確かに週1日とは言え、トレーニングはとても辛いです。
私に合ったトレーニングプログラムが用意されているため、休むこともままならなく、涙を流しながらやることもあります。

しかし、サーキット訓練はとても楽しく、少しでもタイムが上がると私はとても嬉しくなるし、やる気が更に出ます。一方学校の授業はとても難しいです。
基本的に英語での授業で、日本語を話す時間は日本語の授業の時だけです。
初めは英語が全然話せなて苦労しましたが、今は社会で通用するくらいの言葉は話せるつもりでいます。
この留学は私にとって、色々なものを与えてくれました。
心や体も強くなり、言語や仲間、レーススキルなど、私はすごく成長できた1年だったと思います。

国際連合のことなど

国際連合などについて勉強しました。約束に違反して平和を乱す国家がある場合には、関係国のすべてが協力して違反国に制裁を加えるというものです。国際連盟と国際連合は、この考え方に基づいているそうです。

しかし、この方式も具体的な適用の段階になると、必ずしも有効に機能しないことがあるそうです。知らないことがあったので勉強して良かったです。国際連合の安全保障理事会で拒否権が行使されると、侵略国の決定ができなくなるからです。第二次世界大戦後、世界の人々の平和への願いは強まりました。

世界の指導者たちも三度、世界戦争の悲劇を起こさないために戦争が終了する以前から、アメリカ・イギリス・ソ連の3国が中心となり、新しい国際平和維持機構設立のための話しあいを続けてきたそうです。その結果、1945年に連合国はサンフランシスコに集まり、国際連合憲章に署名しました。

そして同年、国際連合が成立しました。国際連合などについて勉強しましたが、核のない世界がいつかは分かりませんが来ることを願いたいですし、戦争をしない世界になることを願いたいです。

友人が舛添都知事の会見を傍聴して

夜の9時のNHKのニュースを何の気なしで見ていました。
すると舛添都知事が私の不徳のために都民ほか多くの人に迷惑をかけて申し訳ございませんとあやまっていました。
会見はあんまり中身はなかったですね。一連のものは公私混同だと思います。
その後に傍聴席の何人かにインタビューをしていました。
その中に私の友人によく似た人がいました。
見れば見るほど似ているのです。

それでメールで連絡をしておきました。
翌朝見ると返信が来ていました。
見てみるとやはり私の友人だったと。
都民ではないが、舛添さんの諸動には我慢できないとかで、傍聴に行ったのだと。
そして終わり際に「舛添やめろ。都知事をやめろ」とコールしたとか。
そしたら衛視に議場から連れ出されたとか。

その後に数局のTVからインタビューを受けたのだと。
顔写りも良くないのでオンエアーはされないだろうと思っていたとか。
そしたらNHKに写っていたのです。
あまりによく似ていたのでびっくりしました。
何をしゃべっていたかは定かではありませんでした。
大分憤慨しているようでした。

そこで高校の同級生の温泉学会の有志に転送をしておきました。
私たちは年に2回くらい、あっちこっちの温泉に行っている仲間です。
仲間の動向を知らせるのもいいのかと思いました。
今日のTBSの昼にまた写つるかもと。
そのうち仲間から返信が来ることでしょう。